枕元の紹介

 私の枕元には常に数冊の本がある。読書家と言えば言えないことはないだろうが、気の向いた時に気分に合った本を手に取り少しずつ読むというやり方なものだから、同じ本が何ヶ月も留まっていたりして褒められたものではない。

 一番の古株は新潮社版の『正宗白鳥全集』第十巻で、覚えている限りでは去年の十一月からずっと枕元にある。「ある」というより「いる」という感じすらする。どうもくさくさしてしょうがない時、何もかもにうんざりした時、枕元に正宗白鳥全集がいてくれるので私は助かる。随筆を収めたこの巻の後半は海外見聞記なのだけれども、私の読書があまりに遅々としているために白鳥がいつまでも日本国内でぐずぐずしていることになってしまい、申し訳ない気がした。今は読み進めたから白鳥はパリに滞在している。当分パリにいてもらうことになるだろう。

 最近加わった新顔の一つが井伏鱒二の随筆集『場面の効果』(大和書房)である。恐らく選集と呼ぶのが適切だろう。内容を紹介するのは苦手だから本の造りについて書くと、小ぶりな持ちよい大きさで、函入り本だから本体にカバーは巻かれていない。表紙の手触りが暖かく、古いためかもともとの造りかわからないが、本を開いた感触が柔らかくて開きやすいので読んでいて気持ちがよい。

 もう一冊の新顔は筑摩書房版『堀辰雄全集』第四巻である。堀辰雄の全集は何種類も出ていて、ちょっと調べただけでも角川書店版、新潮社版、新潮社普及版、そしてこの筑摩書房版と四種類も見つかった。しかも困ったことに、どの全集もそれぞれいいところがあるそうなのだった。それでどの出版社のものを買うか何日も悩んでいたのだが(とはいえ楽しい時間でもあった)、欠け有の筑摩書房版が安く出ていたのでええいままよで購入した。ままよと叫ぶほどの額ではなかったが置く場所がないのであった。

 ともあれ筑摩書房の『堀辰雄全集』である。藤色の表紙に金の箔押しが美しい。この藤色がまた上品な色で、黎明に染まる朝靄を見るようである。きらきらと輝く金箔と相まって洋風に洒落ているようでもあり、同時に遥か王朝時代をも思わせ、この本を作った人々の堀辰雄への愛を感じないわけにいかない。……字にしてみると気持ち悪いのは承知で、うっとりと表紙を撫でずにはいられない本なのである。

 今後、どんなに入れ替わりがあっても不動であろう一冊についても触れておこう。『広辞苑 第七版』である。目が覚めてしまって眠れない早朝などに漫然とめくっている。ある日など、横になったまま広辞苑の小さい字を一時間あまりも追っていたために、起きてから世界がぐるぐる回るめまいがした。幸い、しばらくすると収まったが気をつけないといけないと思った。

 これだけの本が枕の脇に、というかベッドの片側に控えているので必然的に人間の寝る場所は狭くなる。犬や猫に布団を占領されて嘆いてみせつつ満更でもない飼い主のようなものだ。これら本たちに背中を向けて寝ると、広辞苑が布団越しに腰に当たったりして、かつて家で小型犬を飼っていた時の感触が思いがけず蘇ることもある。